皆さんは、歯科の三大疾患をご存じですか?
虫歯(う蝕)、歯周病、顎関節症(がくかんせつしょう)。
これらは誰でも人生で一度は経験する可能性があり、30歳までの人口の約9割は既にどれかに罹った経験があると言われています。
中でも近年、若年層に増えてきていると言われているのが顎関節症です。
一昔前まで、歯並びの悪さによる嚙み合わせが顎関節症の原因だと言われてきました。
しかし近年になって、原因はその一つではなく多くの因子が絡み合っているのではないかと言われるようになりました。
では、具体的にどのような原因があるのでしょうか?
実際に顎関節症を患った、一人の例を紹介したいと思います。
悪い生活習慣と体の不調

Aさんはデスクワークがメインの仕事をしており、一日の多くの時間をパソコンの前で過ごしていました。
仕事中、口寂しい時にガムを嚙む習慣があり、味がなくなっても無意識に噛み続け、時々顎の疲れを感じるほどでした。
ある日、Aさんはガムを噛む自分の顎がカクカクと音が鳴っていることに気付きました。
触ってみると、こめかみの付近がカクッとずれるような感覚がありますが、痛みなどはまったくありません。
Aさんは大したことはないだろうとその症状を放置し、いつしかその顎を鳴らす行為がクセになっていってしまいました。
しかし、その症状は日に日に重くなっていきます。
次第に顎の音の鳴る部分に熱を帯びるようになり、痛みを伴うようになったのです。
それと同時に起こったのが、耳鳴りとめまいでした。
何かがおかしいと思ったAさんは何科に掛かればいいのかが分からず、脳神経外科や耳鼻科など手当たり次第に足を運びました。
どちらでも検査を受けましたが、結果は異常なし。
そして耳鼻科からは、メニエール病かもしれないと診断されました。
メニエール病とは、内耳の蝸牛(かぎゅう)と呼ばれる部分にリンパ液が過剰に溜まり、めまいや失神が起きてしまう病気です。
しかし、顎の痛みなどの症状はメニエール病の症状とは違います。
医者からは、念のために歯医者に行ってくださいとAさんに告げられました。
なんで歯医者?とAさんは不思議に思いました。
それはAさんの症状から、顎関節症が疑われるからでした。
メニエール病と顎関節症には、似た症状がいくつかあります。
その代表的なものが、めまいや耳鳴りといった症状ですが、顎に痛みがあるというのは顎関節症だけに見られる症状。
精密に検査をしてもらうため、Aさんはある歯科医院を紹介されました。
顎関節症になった複数の原因

Aさんが紹介されたのは、口腔外科のある歯科医院でした。
まず見られたのは噛み合わせのチェックでした。
一般の歯科で撮られる口元部分のレントゲン以外にも、頭部全体のレントゲンをあらゆる角度からいくつも撮られました。
もともと歯並び自体はそこまで悪くなかったAさんでしたが、骨格の状態を見ると、右の顎のほうが発達し顔に歪みが生じているのが分かりました。
これは無意識に右側ばかりでものを噛んだり、頬杖や姿勢の悪さによって生じるものです。
デスクワークの際に習慣化していたガムを食べる行為。
思い返してみると、ずっと右側ばかりで噛んでいたとAさんは気づきました。
きっとそれはガムだけではなく、普段の食生活の中でも繰り返されていたでしょう。
その時に時々感じていた顎の疲れは、顎関節症になる前兆だったのかもしれません。
次に姿勢のほうにもAさんは心当たりがありました。
Aさんは慢性の腰痛と肩こり持ちでした。
デスクワークで長時間画面を凝視することが多いため、自分の知らない間に背中が曲がり猫背の状態になることがありました。
毎回、無意識に頬杖をつき、背中や腰の痛みが酷くなり初めて自分の姿勢が崩れていることに気付いていました。
背筋を伸ばすよう心掛けてはいましたが、しばらくするとまた猫背に……。
このようなことの繰り返しだったので、Aさんの姿勢は未だに治っていません。
そしてAさんの顎関節症を悪化させた原因がもう一つありました。
それはAさん自身が行っていた、顎を動かしカクカクと鳴らす行為。
顎関節症は、上顎と下顎の間に挟まれた関節円板と呼ばれる部分にズレや変形を起こして引き起こされる痛みや障害の総称です。
Aさんは日常的にカクカクと顎を鳴らしていたせいでこの関節円板が変形し、症状の悪化を加速させてしまっていたのです。
顎関節症の治療

顎関節症の治療には、4つの方法があります。
1、マッサージやトレーニングを行う理学療法。
2、痛みの緩和のため鎮静剤投与を行う薬物療法。
3、マウスピースで歯や顎の負担を緩和するアプライアンス療法。
4、日々の生活習慣の改善を行う生活指導。
Aさんの場合も、マウスピースを中心に生活指導とトレーニングによる治療が行われました。
Aさんの右側の奥歯は強い噛みしめにより削れて変形し、強い力が顎に加わった時に歯ぐきにできる骨隆起と呼ばれる症状がありました。
マウスピースは主に夜の間に装着し、歯ぎしりや強い噛みしめなどから歯と顎の骨や筋肉を守る働きがあります。
人の顎の力は想像以上に強く、食事などで噛むときの力は平均で50kg前後。
寝ている間の歯ぎしりや噛みしめで顎の骨にかかる負荷は500kg以上もあると言われています。
歯ぎしりや噛みしめは自分で気付くことが難しく、他者からの指摘や起床時の顎の疲れから気付くことが多いです。
Aさんももしかしたら?と薄々気づいてはいましたが、まさか歯が削れ骨隆起を起こすほどだとは思ってもいませんでした。
生活指導では、普段の姿勢や食生活、歯を噛みしめる癖や舌で歯を押す癖などの改善を目指します。
Aさんはパソコンやスマホに夢中になると無意識に猫背になり、頬杖をつく癖がありました。
姿勢の悪さは顎関節症以外にも、様々な疾患の原因になってしまう可能性があります。
起きている時は背筋をしっかり伸ばし、定期的に軽いストレッチをすることを常に意識することが大切です。
また、普段ガムを噛む習慣のあったAさんでしたが、これもしばらくの間禁止されることになってしまいました。
少なくとも治療から3か月は、固いものや顎を使う食べ物は控えて顎の負担の少ない食べ物にしなければなりません。
どうしても口寂しい場合は、タブレットや飴を噛まずに食べるようにと言われました。
普段無意識に行っている癖を治すのは大変なことですが、姿勢を正すこと一つだけでも体全体の不調が改善されます。
Aさんは慢性的に抱えていた肩こりが軽減され、固まってしまった顎の筋肉を緩め噛みしめの癖も緩和された結果、めまいなどの症状が軽減されていきました。
生活習慣を見直して予防!

顎関節症は、多くの因子が複雑に絡み合うことにより発症すると言われています。
それは姿勢の悪さや食生活の癖、ストレスや睡眠不足など、多忙な現代人は誰もが抱えるものです。
このような因子は放置すると顎関節症のみならず、生活の質を低下させ、自律神経の乱れやうつ病など様々な病気に繋がってしまいます。
顎関節症は、現代人が抱える恐ろしい現代病のひとつです。
パソコンやスマホの普及により、街中でも下を俯き画面を凝視する姿をよく見かけます。
かくいう私も、スマホに夢中になると姿勢が崩れていることがよくあります。
しかしこのような生活習慣は、背筋をしっかり伸ばして座る、両方の顎でものを噛む、寝る前にスマホを見ないなど、意識すれば誰でも簡単に改善できると思います。
疲れた時には空を見上げてフーッと深呼吸して、肩の力を抜いてみるところから始めてみませんか?
kitsuneko22著