歯列矯正を受けたことはありますか?
今と昔で、世間での歯並びへの意識はずいぶんと変わってきました。
最近では大人も子どもも歯に矯正装置をつけている人が増えて、特段珍しいものでもなくなりましたよね。
私も子どもの頃に治療を受けましたし、私の周りでも大人になってから始める人がたくさんいます。
歯並びが綺麗になると虫歯などの口内疾患にかかりにくくなるほか、なんといっても見た目がよくなり気持ちも前向きになります。
しかし増えたとはいっても、今の日本では歯列矯正はまだまだマイナーで、世界に比べると治療者数がとても少ないのが現実です。
日本と海外で、何故ここまで差がついているのでしょうか?
それは文化と医療制度の違いが関係しているようです。
歯並びに対する考え方の違い

日本と海外で決定的に違うことは、表情によるコミュニケーションの仕方です。
日本では感情を表す時、目元が重要だと言われています。
笑う時に口元を隠したり、女性ならば目元を強調するメイクがものすごく発達していたり、なにかと目元を重要視する文化が昔からあります。
もし歯並びが悪かったとしてもあまり気にしなかったり、治療費が高額で諦めてしまう人も多いのではないでしょうか?
現在日本では、歯列矯正は基本的に保険適用外で、治療費は30~100万円ほどかかると言われています。
このようなことから、日本では今なお歯列矯正は敷居の高いものという認識があるようです。
いっぽう海外(特に欧米)では、口元がコミュニケーションにおいて重要だと言われています。
日本人と欧米人が話す時、口元を見ると欧米人のほうが口元の動きがとても大きいのが分かると思います。
子どもの頃から歯にお金をかけるのは当たり前のことで、逆に歯並びが悪いままだったり黄ばんでいたりすると、虐待や貧困だと思われてしまいます。
よく見える場所だからこそ、歯並びと歯の白さは身だしなみの一部と捉えられています。
治療費は国によって、子どもは無償だったり、日本よりも50万円ほど安く受けられるところが多く、歯列矯正はごく当たり前のものという認識だそうです。
八重歯は可愛い?
今でこそ日本でも歯列矯正が浸透してきましたが、それまで歯列矯正は身近な存在ではなく、重要視もそこまでされていませんでした。
私の母親は若い頃にそのせいで悩み、大人になってから歯列矯正を始めました。
これは母が歯列矯正に至るまでのお話です。

母は子どもの頃、自身の歯並びについて悩んでいました。
八重歯が前に飛び出して目立っていたのです。
ご飯を食べる時、その歯の間に食べ物が詰まり歯磨きに苦労していたので、両親に言って歯医者さんでなんとかしてもらおうと考えました。
しかしその当時、八重歯の可愛いアイドルがテレビで活躍していた時代。
八重歯=可愛いという認識が強かったため、両親は治療の必要なんてないと思っていました。
それでもどうしても治療したいと思った母は両親を説得して、なんとか歯医者さんに行くことができました。
そこで母が歯医者さんに言われたのは信じられないことでした。
それは、八重歯でガタガタになってしまった歯並びについて治療の必要はない、抜歯をしてもそのあとの歯並びについては知らない!という無責任な発言でした。
その当時から歯列矯正はあったはずですが、技術がある歯医者さんは少なく、田舎に住んでいた母はそんな技術のある歯医者さんに巡り合うことができませんでした。
結局、両親からも治療の意思を否定され、八重歯の治療は断念せざるを得ませんでした。
相変わらず歯磨きはやりにくいままでしたが、周りからは「可愛い!可愛い!」と言われていたために、母は次第に「そのままでもいいか。」と考えるようになっていったのです。
海外では受け入れられなかった

そんな母の考えが変わったのは専門学校生の頃でした。
服飾系の業界への憧れを抱いていた母は、外国人との交流も増えていたことから、語学習得と服飾スキルアップのために海外へ短期留学することになりました。
留学までの時間に英語の勉強とファッションの勉強をして、いざ海外へ!
初めての海外での生活に不安と興奮を抱いていた母を、現地で迎えてくれたホストファミリーは、とてもきさくで親切な人たちでした。
その家族は今まで何度も留学生を迎えているそうで、日本のこともよく知っていて大好きだと言っていました。
こんないい人たちに巡り合えて、きっと楽しい海外生活を送れるはず……と思っていました。しかし現実はそううまくいきません。
現地の専門学校では、何人かの人が母に話しかけてきました。
仲良くなろうと近づいてくる人、当時少ないアジア人への好奇の目を向ける人など様々。
しかしその何人かは、母の口元を見て顔を歪ませるようなしぐさをして、「Vampire teeth!」と茶化してきたのです。
何のことだかよく分からない母はごまかすために笑顔を作っていたようですが、それが彼らを調子づかせる結果になってしまいました。
母はホストファミリーに“Vampire teeth”とはどういうことなのかと聞いてみました。
それは日本でさんざん可愛いと言われていた、突き出た八重歯のことでした。
日本と違い、その国では八重歯は可愛いのステータスにはなりません。
むしろキリスト教圏であるその国では、Vampire=吸血鬼は悪いものの象徴です。
日本にいる時は問題のなかったものが、海外に行くと真逆の認識になることもある。
母はその時初めて、自身の目立つ八重歯が日本の独特の風習なのだと知りました。
ホストファミリーは落ち込む母を見て、「気にしなくていい!皆個性があるものさ!」と励ましてくれました。
見ず知らずの土地で自分を優しく受け入れてくれるホストファミリーに、母はとても感謝しました。
しかしその優しさの裏に、本当は自分のことを醜く思っているのではないか?という不信感を拭うことができず、母は思うように留学生活を楽しむことは出来ませんでした。
歯列矯正の高いハードル

日本に帰国した母は、改めて歯列矯正について調べました。
やっとの思いで見つけたのは、家から片道2時間もかかる場所にある歯医者さん。
母は意を決してその歯医者さんに行き、歯列矯正の相談をしました。
しかしそこで提示された見積金額は、なんと150万円。
子どもの歯列矯正の場合は、骨の成長を利用して行われるため、抜歯や外科治療を行うことが少なく、金額も比較的安くなります。
大人の場合は既に成長して固定された骨を動かすわけですから、治療そのものが大掛かりになりやすく、金額も高くなりがちです。
もちろん、学生だった母にそのような大金を払う余裕はなく、就職して貯金を溜めてから歯列矯正を始めることになりました。
数年後、資金も貯まり念願の歯列矯正を始められた母でしたが、その最初の治療は長年自身を悩ませてきた八重歯の抜歯でした。
「子どもの頃に来てくれたら、抜歯しなくてもよかったのにねぇ。」
歯医者さんの口からポロッと出たその言葉に、母は複雑な気持ちになりました。
子どもの頃、八重歯の治療を希望したのにできなかった記憶。
それは歯医者さんの技術のせいなのか、金額のせいなのか、どちらにしても母にはどうしようもできなかった過去。
歯列矯正の結果、母はとても綺麗な歯並びになりましたが、その代償は健康な歯を2本失うというものでした。
母はこのような経験から、私に同じような経験をさせまいと、幼い頃から歯列矯正を受けさせてくれました。
もっと歯列矯正を受けやすい環境に!

今は歯列矯正の技術も上がり、目立ちにくいものや負担の少ない方法もあります。
とはいってもやはり治療費は高額なので、簡単に踏み込めるものでもありません。
グローバル化の進む日本で、外国人に「日本人は歯並びに無頓着」と思われるのも、なんだか恥ずかしい気持ちになってしまいます。
もっと、歯列矯正が誰でも受けられるような環境になってほしいと願います。
kitsuneko22著